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昔懐かしいチンドン屋。U-Stageは、演劇を身近な存在にするために、チンドンを手がけて以来、演芸・大道芸ともに新しい可能性を切り開いてきました。U-Stageの主宰、嶋崎 靖氏がその姿勢について次のように述べる。

「私にとってチンドンのもっとも面白いところは“自由” 何ものにもとらわれず、風のように街から街へ……なーんて。どうぞ耳を背けずに、笑って下さい、歌ってください、一緒に楽しんでください。チンドンは街を明るくする、Chindon は街を元気にする!」

チンドン屋の始まりは、江戸末期に大阪で宣伝をすることを生業とした「東西屋」からと言われます。明治時代になり西洋楽器・西洋音楽の流入とともに、楽隊による宣伝が始まり、徐々に今日のようなチンドン屋の形態になってきたようです。つまりチンドンは日本の近代化、都市化と不可分の関係にあり、都市の変貌とともに歩み、生き延びてきたとも言えるでしょう。全国チンドン大会は、毎年4月に富山市で行われ、全国の新聞やテレビなどで大きく報道されいます。U-Stageも2000年から参加しており、その珍味的な演技が高い評価を得てきました。2000年に初出場にして「審査員特別賞」受賞に続き、02年に「優秀賞」、04年に「音楽賞」に輝き、まさに日本のチンドン界を代表する地位を築いてきました。

大手デパートがかつて“チンドン屋商法”などと批判されたことがあります。いや、私が子供のころには悪口の代名詞のように「バーカ、カーバ、チンドンヤ!」と言ったものです。そのようにバカにされ、差別されながら東京の庶民文化の底辺を担ってきた、だからこそチンドンの音色には、東京の抱える逞しさも、楽しさも、悲哀も同時に感受することができるのでしょう。

今日のように TVと言う強大なチンドンが各家庭にある以上、チンドン屋が衰退するのもまたやむを得ないかも知れません。しかし非人道的事件が多発し、その原因として人間関係の希薄さや孤立、社会的関係の変貌の問題が指摘される現在、生活空間に突然立ち現れる生身の芸能であるチンドンの持つ意味は決して小さくないでしょう。

全国チンドン大会は、毎年4月に富山市で行われ、全国の新聞やテレビなどで大きく報道されいます。U-Stageも2000年から参加しており、その珍味的な演技が高い評価を得てきました。2000年に初出場にして「審査員特別賞」受賞に続き、 02年に「優秀賞」、04年に「音楽賞」に輝き、まさに日本のチンドン界を代表する地位を築いてきました。